2006年10月05日

微睡みの中で2

微睡みの中で prologueへ/へ/2



++の塔++

微睡みの中で2


崩れ落ちる塔とそれを黙って見つめる男の姿を、私は複雑な思いで見つめた。
風に乗って砂が舞う。
何度も目を瞬かせる私の隣で、その男性は身動き一つせずに、ただじっと、遥か頭上から降りそそぐ砂の建物を見ていた。
レンガか粘土で出来た塔は、砂になって崩れていく。
不思議と、静かだった。
破片が地面に落ちる音がしないのだ。ただ、建物にヒビが入るピシリという音と、自分が呼吸する音だけが聞こえる。


私はいつものように子猫になって、ライトの後をついて歩いていた。
やがて辿りついた場所には、男が立っていて、驚いたようにライトと私を見つめた。


“私はライト。ライト・M・ランベルドカーナ。どちらへ?”


ライトはそう言った。男は困ったように頭をかいて、小声で何かを答えたが、私には聞き取れなかった。それでもライトには分かったようで、“こちらへ”と男を促して歩き始めた。明かりの灯った尻尾を高くあげて、男が歩きやすいようにしている。男は戸惑いながらも、ライトの後を追って歩き始めた。私もその後に続いた。
ライトが男を案内した場所は、奇妙なところだった。
1つの大きな塔が、地面からキノコのように生えているらしかった。辺りは相変わらず暗闇で、塔に設けられたいくつもの窓から漏れ出る光だけが、塔の存在を主張している。


“ここは?”


男が訊いた。


“アナタの求める場所だ”


ライトが答える。彼は尻尾でシルクハットを少し持ち上げて見せた。男の様子を窺っているようでもある。
男はため息をこぼして、天を見上げた。
突然、光景は変化した。
大きな音がして、真っ暗な天に、一筋の亀裂が入る。そこから水が漏れるように差し込んだ光が、塔の姿を浮かび上がらせた。
その次の瞬間、塔は急に崩れ始めた。
私は微かに声をあげて、隣のライトにくっついた。ライトは宥めるように、尻尾で私の背を撫でた。
男も微かに息をのんだようだった。
それから男は、静かに崩れていく塔を、黙ってじっと眺めていた。
男が涙を流していると気づいたのは、私の足元の砂へぽたり、ぽたりと水滴が落ちてきたからだ。見上げれば、男は溢れ出る涙を拭いもせずに、流れるに任せていた。
塔は砂になって行く。
涙は落ち続ける。
零れた水滴は、崩れた砂に吸い込まれて、その砂を粘土へと変えた。次から次へと。


“ああして、ここにはまた新たな塔が出来る”


ライトが厳かに言った。
私はただ、崩れ落ちる塔とそれを黙って見つめる男の姿を、眺めていた。
崩れ行く塔が何なのか、男が流す涙が何のための涙なのか、私は知らない。けれども、漠然とそれが大切なことだと理解できた。少なくとも、この男にとっては。
ライトは尻尾でぱたりと地面を打った。
これがライトの仕事なのだ。


[微睡みの中で2/砂の塔]




微睡みの中で prologueへ/へ/2
posted by 久木 at 00:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 微睡みの中で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

微睡みの中で1

微睡みの中で prologueへ/1/



++このの向こう++

微睡みの中で1


気付けば、私はまた灰色の子猫になっていた。
前を歩く黒猫を、必死に追いかけている。
この黒猫は尻尾の先に仄かな光が灯っていて、ライトと名乗った。
私は一生懸命ライトを追いかけるが、小さな子猫の足では容易には追いつけない。ライトは時々振り返っては、少し立ち止まって私が追いつくのを待ってくれた。
ライトの尻尾の先の明かりが、真っ暗な道を照らしていた。私はそれを頼りに歩いていたが、ライトは明かりなど必要ないかのように、どんどん歩いて行く。
それにしても、どうしてここはこんなに暗いのだろう。
私がそれを尋ねると、ライトは真っ暗な空を見上げて、尻尾でぱたりと地面を打った。


“それは誰も知らないのだ”


それから彼は視線を私に移して、


“私の祖父のそのまた祖父の代から、私達はこの仕事をしている”


そう言ったライトの表情がとても嬉しそうに見えて、彼が自分の仕事を、とても誇りに思っていることが分かった。
何の仕事をしているのかと、私は尋ねた。
案内人だと、彼は答えた。
誰を案内するのか、と私は更に尋ねた。
此処へ来た全ての人を、とライトは答える。
何処へ案内するのか、と私。
その人の行きたいと望むところへ、とライト。
行きたいと望む場所がない人の場合はどうするのかと、私はライトに尋ねた。
ライトは、尻尾でシルクハットをちょっと持ち上げて、私を見た。


“リヒト、行きたいところのない者はいないのだ”


それから、しなやかな動きで尻尾を動かし、地面をぱたりと叩いた。そして、また歩き出した。私も、またライトを追いかける。
しばらく歩くと、突然、ぽっかりと開けた空間に出た。
そこだけ闇を薄めたように、灰色の空間が広がっている。光の粒子がそこにだけ集まっているようでもあるし、硯に満たされた墨の中へぽたんと水を一滴零したようでもある。


“空を見てごらん”


驚いてその光景を眺めていると、ライトがそう言った。
促されるまま、視線を頭上へ上げる。
真っ暗な空間をそこだけ切り取ったように、青空が広がっていた。淡い綿のような雲が、うっすらと浮かんでいる。その中に、飛行機雲が真っ直ぐに線を引いて伸びていて、区切られた空を2つに分けようとしている。耳を澄ませば、蝉の声が聞こえる気がした。草の匂いも感じられるようだ。
目の奥が熱くなって、私はその淡い空間の真下へ駆け寄った。


“リヒト、誰にでも行きたい場所がある。見たい光景がある。感じたい時間がある”


ライトは諭すように私に言った。


“けれども、其処へ行けぬから、此処へ来るのだ”



そこで私は微睡みから覚めた。
窓の外には、青空。薄い雲が、低い場所に浮かんでいる。
子供の頃に見た空は、もっとずっと高く、澄んでいたと思う。微睡みの中で見たような、そんな空だった。
この空の向こう、あの子供の頃に見た空は広がっているのだろうか。


[微睡みの中で1/この空の向こう]



微睡みの中で prologueへ/1/
posted by 久木 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 微睡みの中で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月24日

prologue

微睡みの中で prologue/へ/



++中で++

prologue


夢を見た。
私は一匹のみすぼらしい子猫で、
灰色の短い尻尾を動かして、行く当てもなく、真っ暗な場所を歩いている。
心細くて、一声鳴いた。
ニャアと弱々しい声が出た。


“何を鳴く?”


ふと、そんな声が聞こえたと思うと、遥か向こうに、仄かな明かりが見えた。
その明かりは徐々に近付き大きくなって、目の前に来た。
それは猫だった。
黒猫で、胸元に白い蝶ネクタイをし、耳の上にシルクハットを乗せていた。
しなやかに伸ばした尻尾の先に、仄かな明かりが灯っている。


“私はライト。ライト・M・ランベルドカーナ。君は、何処へ向かうのだ?”


その猫は私にそう問いかけた。
私は、行く当てがなく困っていること、心細くて鳴いていたこと、
そして、名前を覚えていないことを告げた。
猫…ライトは、一つ頷いて、


“よろしい、私が名をつけてあげよう。リヒトだ。良い名だろう? 祖父の名前だ”


それから、しっぽを優雅に一振りしてみせた。


“行く当てがないならば、私についてくると良い。…おや、眠いのかい?”


うとうととしながら、私はその声を聞いた。
ライトの長い尻尾が私をそっと引き寄せ、包み込む。
優しい体温に包まれて、私は微睡みに引き込まれた。



微睡みから覚めて、今は亡き父の声を聞きたくなった。


[微睡みの中で/prologue]




微睡みの中で prologue/へ/

posted by 久木 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 微睡みの中で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

「微睡みの中で」展示物一覧

微睡みの中では、自主的課題さまよりお借りしたお題で綴って行く、ある人物とライトという不思議な猫のお話です。


prologue◇微睡みの中で:“私はライト。ライト・M・ランベルドカーナ。”
1◇この空の向こう:案内人だと、彼は答えた。
2◇砂の塔:塔は砂になって行く。
posted by 久木 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 微睡みの中で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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